“安心できる場所”があることの意味
概要
「安心できる場所がない」
そう感じながら過ごしている方は、少なくありません。
学校、職場、人間関係の中で、
「ちゃんとしなければ」
「迷惑をかけてはいけない」
「うまく話さなければ」
と思い続け、少しずつ疲れてしまうこともあります。
「ゴチャせたがや」では、
・無理に話さなくてもよい
・聞いているだけでもよい
・それぞれのペースを大切にする
ことを大事にしています。
今回は、“安心できる場所”があることの意味について、居場所で感じていることを書いてみたいと思います。
“安心できる場所”は、すぐには見つからないこともある
居場所では、
「どこに行っても疲れてしまう」
「人と関わるのが怖くなった」
「安心して過ごせる場所が分からない」
という声を聞くことがあります。
特に、
過去に否定された経験や、
人間関係で傷ついた経験がある方ほど、
“安心できる場所”
を見つけること自体が難しくなることがあります。
そのため、
「まず行ってみればいい」
という言葉が、
負担になってしまうこともあります。
“安心”は、人との比較が少ない場所から生まれることもある
社会の中では、
「もっと頑張らなければ」
「ちゃんとできなければ」
「周りに合わせなければ」
と感じる場面が多くあります。
ですが、
安心できる場所では、
“今の自分のままで居られる”
感覚を持てることがあります。
「ゴチャせたがや」でも、
無理に会話へ入らなくてもよい。
静かに過ごしていても大丈夫。
そんな空気を大切にしています。
“安心できること”が、次の一歩につながることもある
心理学者のカール・ロジャーズは、
「人は、安心できる関係の中で少しずつ変化していく」
という考え方を大切にしていました。
居場所でも、
最初は緊張していた方が、
少しずつ表情が柔らかくなったり、
「また来てみようかな」
という気持ちにつながる場面があります。
それは、
“何かを頑張ったから”
ではなく、
“安心して過ごせたから”
なのかもしれません。
“ただ安心して居られる”ことにも意味がある
居場所では、
・同じ空間で過ごすこと
・人の話を聞いていること
・安心して座っていられること
そのこと自体に意味があると感じています。
社会の中では、
「何か成果を出さなければ」
と思い続けてしまう方もいます。
だからこそ、
“何もしなくても安心して居られる”
経験は、とても大切なのではないかと思います。
最後に
「ゴチャせたがや」は、
人とのつながりに不安を感じている方や、
安心して過ごせる場所を探している方のための居場所です。
・うまく話せなくても大丈夫
・聞いているだけでも大丈夫
・途中参加、途中退出も可能です
「少し気になる」
そのくらいの気持ちでも問題ありません。
まずは、安心して過ごせる場所があることを知っていただければと思っています。

